AI技術の急速な発展により、医療分野へのAI導入が加速しています。画像診断支援では、レントゲンやCT画像から病変を検出するAIが臨床現場の一部領域では実用化が進みつつあります。診断・治療支援においては、患者の症状や検査データをもとに最適な治療方針を提案するシステムが登場し、創薬分野では膨大な化合物データから新薬候補を絞り込む作業をAIが担うようになっています。
一方で、医療現場におけるAI活用には、構造的に生まれる「データの壁」により、AIのポテンシャルを十分に引き出せていないのも事実です。なぜこのようなデータの活用を阻害する要因が生まれてしまうのでしょうか。また、その要因をどのように解消していくべきなのでしょうか。
本コラムでは、「データの壁」の原因を整理しつつ、解決のために有効となる「相互運用性」という考え方を紹介します。
医療×AIの課題:「データの壁」とは?
医療×AIの活用は、深刻化する医師・看護師不足への対応や、2024年から本格適用された医師の働き方改革への対策としても大きな期待を集めています。AIを活用した業務の効率化・自動化によって、限られた医療リソースをより付加価値の高い業務に集中させることができます。
一方で、医療分野でのAI活用には課題もあります。「誤認識のリスク」や「責任の所在の不明確さ」といった課題の中でも、特に大きな課題のひとつがデータの壁です。データの壁とは、本来活用可能であるべき医療データが、技術的・制度的な制約によって十分利用できない状態を指します。
AIの性能は、学習に使用するデータの質と量に大きく依存します。ところが医療現場では、本来活用できるはずのデータが十分に利用できない状況が存在します。病院間のシステム仕様の違い、法制度上の制約、データ取得時の利用目的の限定など、様々な要因によりデータの流通と活用が阻害されているのが実情です。
データの壁が発生する原因
「データの壁」が生まれる背景には、いくつかの構造的な原因があります。
データフォーマットの違い
電子カルテをはじめとする医療情報システムは、各病院がそれぞれのベンダーのシステムを独自に導入してきた経緯から、生成されるデータの形式や項目定義が施設ごとに異なります。
異なる形式のデータを統合・分析しようとすれば、大規模なデータ変換作業が必要となり、相当なコストと時間が発生します。
連携の仕組みの不在
プライバシー確保の観点から各医療機関はそれぞれ独立したクローズドなネットワークを構築しており、他施設と安全にデータをやり取りするための共通インフラが整っていません。クラウド活用は一部で進みつつあるものの、医療データ特有の規制やセキュリティ要件により、広範なデータ連携にはなお制約があります。結果として複数施設のデータを組み合わせることが困難であり、AIモデルの精度改善が難しいという現状があります。
セキュリティ対策の必要性
医療データには氏名・生年月日・病歴など、極めて機微な個人情報が含まれます。万が一漏洩すれば、患者への直接的な被害だけでなく、医療機関のレピュテーションにも深刻なダメージを与えかねません。
そのため、医療データを活用するには高度なセキュリティ基盤が不可欠ですが、その構築・運用には相応のコストと専門人材が求められ、中小規模の医療機関には特に重い負担となります。
近年では、ゼロトラストセキュリティモデルなど、従来の閉域網によるセキュリティ対策とは異なるアプローチも普及しつつあります。このように、最新のセキュリティ技術動向や新たなサイバー脅威への対応を進めていくことは簡単ではありません。
同意取得の必要性
医療データをAI開発に利用するには、原則として本人の同意や、倫理審査などの適切な手続きを経る必要があります。しかし過去に取得した多くのデータは、AI開発への利用を前提とした同意条件になっていないケースが多く、既存の蓄積データを活用しようとする場合、追加の同意取得手続きや場合によっては再取得が必要になります。
データの壁を解消するための「相互運用性」とは
こうした「データの壁」を突破するうえでキーワードとなるのが「相互運用性(Interoperability)」です。
相互運用性とは何か
相互運用性とは、簡単に言えば「異なるシステム同士がデータを正しく理解し合える状態」を指します。異なる組織やシステム間において、データを単に転送するだけでなく、その意味や文脈を正確に保ったまま相互に活用できる能力です。医療現場で具体的にイメージするなら、A病院の電子カルテにある患者の検査データや処方内容を、B病院のAI診断支援システムが正しく読み取り、そのまま解析にかけられる状態が「相互運用性のある状態」だといえます。
「データが存在している」だけでなく「データが正しく理解・利用できる」状態を作ることが、相互運用性の本質です。
相互運用性はどのようにデータの壁を解消するのか
相互運用性が確保されると、システム間の接続が標準化され、病院間・組織間の壁を越えたデータの統合と活用が可能になります。AIが特定の施設内のデータに限定されることなく、大規模かつ多様なデータにアクセスできるようになれば、学習精度も大きく向上します。
また、データの形式や表記が統一化されれば、AI学習における最大のボトルネックのひとつである「データクレンジング」の負荷も大幅に軽減されます。異なるベンダーのシステム間でも統一されたコードで分析が可能となり、AIの分析精度と信頼性も高まるでしょう。
相互運用性確保に向けた「医療情報の標準化」
現在、国内外でこのような相互運用性の確保に向けた標準化の取り組みが進んでいます。
日本においては、政府主導の「医療DX令和ビジョン2030」のもと、全国の医療機関・薬局・患者間で医療情報を共有する「全国医療情報プラットフォーム」の整備が進められており、段階的な実装が進行しています。中核となる「電子カルテ情報共有サービス」では、診療情報や処方・検査データを標準形式でやり取りできる仕組みが構築されています。ただし、各医療機関がこれまで独自仕様のシステムを導入してきた経緯もあり、特に中小規模の医療機関での対応は遅れている現状もあります。
また、国際的な動きとして「HL7 FHIR」と呼ばれる医療情報交換の国際標準規格の普及も進んでいます。従来の規格と異なりWeb通信を前提に設計されているため、ブラウザやモバイル端末など機器やシステムを問わず標準化された形でデータ交換できる点に特徴があります。
日本でも前述した電子カルテ情報共有サービスの中核技術として採用されていますが、診療情報の本格的な標準化は世界的にもまだ途上にあります。
※参考:厚生労働省「 医療DXについて」
相互運用性を高めるために必要な基盤とは
相互運用性を実現するためには、これら標準化の取り組みを進めつつ、過渡期においては異なるシステムのデータを接続・変換し、共通のフォーマットで蓄積するためのデータ統合基盤が必要となります。
さらに、データ基盤に蓄積されたデータを分析・活用するAI機能と、医療データの特性に対応した高度なセキュリティ対策も求められます。システムの接続性と、AIによるデータ活用と、セキュリティの三つを同時に満たす基盤こそが、医療AIのデータ課題を根本から解決する鍵です。
まとめ
医療×AIの実現に向けては、データの量と質の確保が不可欠であり、そのためには相互運用性の高いデータ基盤の構築が急務です。しかし現実には、フォーマットの違いや連携インフラの不在といった「データの壁」が課題となっています。
これらの課題を解決するためには「相互運用性」を高めるためのプラットフォームの活用が有効です。インターシステムズでは、医療向けのデータ基盤として利用できる「InterSystems IRIS for Health」を提供しています。本製品はHL7 FHIRをサポートしつつ、異なるシステム間のデータを統合・変換する機能も備えています。さらに、機械学習・アナリティクス機能をプラットフォームに内包しており、蓄積した医療データをそのままAIで活用することも可能です。
高いセキュリティと信頼性も特徴であり、医療データを扱う環境に求められる厳格な要件を満たしています。
InterSystems IRIS for Healthはデータの壁を乗り越え、医療AIの可能性を最大限に引き出すための基盤として活用できます。
※詳細は InterSystems IRIS for Health 製品ページをご参照ください。



































